今年度は、計測・創造グループの連携を強化し、方向性の定まってきた自己組織系物理のテーマに注力した(同計画(2)(3))。例えば、創造グループ開発の新顕微システムによる生体物質測定(上江洲、石渡ら)、極低温下ナノ領域での特異応答(勝藤、寺崎、竹内ら)、生命と物性理論(相澤、山崎、高野ら)、量子開放形の物理(中里、田崎ら)、宇宙の大規模構造と天体形成(前田、山田ら)等に進捗がみられた。以下に本年度の具体的な成果を列挙する(発表論文等については添付資料参照)。
計測グループ
石渡は、細胞中の様々な化学反応から発生する熱の時空間パターンと細胞機能との密接な関係を示す一つの証拠を掴んだ。従来は温度に敏感な蛍光色素を用いて、一個の細胞における熱発生パターンの研究が行われてきたが、蛍光色素はpHなどの他の因子にも敏感なことから、確実なデータは得られてこなかった。そこで、新たに温度感受性色素をガラスキャピラリーに封入したミクロ温度計を考案し、これを用いて、HeLa細胞がCaイオンの取り込みに伴って1℃の温度上昇を伴うことを初めて明らかにした。
スピントロニクスの研究を進める竹内は、立方晶GaNのスピン緩和時間を世界で初めて計測した。その結果、スピン緩和時間が5
nsと極めて遅いことが明らかになった。六方晶GaNのスピン緩和時間は、1psからサブピコ秒領域にある。これらのことは、バンド構造によってスピン緩和時間が大きく影響されることを示すものである。この研究により今後の自己組織化量子ドットの量子コンピュータへの応用に向け重要な知見が得られた。
木下は、たんぱく質分子1個でできた回転モーターであるF1-ATPaseの従来の回転モデルを根底から見直さなければならない発見をした。γサブユニットの先端を遺伝子操作により除いてしまっても、回転は正しい方向に連続して起こり、しかも発生する回転力は正常なモーターの半分以上であることが分かったのである。木下は自身の研究分野を「一分子生理学」と称し、簡単な、一目で結果が分かるような研究手法を用いて、生体の重要な分子の動きを可視化するという新しい学問分野を開拓してきた。この功績が基になり2006年度「内藤記念科学振興賞」を受賞した。
上江洲と石渡は私学助成学術フロンティアの資金を利用し導入したSHG新顕微システムを生体物質測定へ適用し、筋肉繊維の周期分極構造が天然のフォトン増幅機となることを発見した。
理論グループ
前田は、初期宇宙モデルとして近年注目されているブレイン宇宙論において重要となるブレイン同士の衝突過程、その衝突に伴う拘束フェルミ粒子の振る舞いを解析した。物質(フェルミ粒子)は3次元ブレインに拘束され、それが我々の3次元宇宙を構成していると考えられており、この研究は、ブレイン宇宙論におけるミクロな物理過程を解析するのに重要な第一歩になる。また、前田は学振日英共同研究事業「ブレイン重力と宇宙論」の日本代表(英代表David
Wands(Univ. of Portsmouth ))であり、ケンブリッジ大を訪れる等、2国間交流共同研究を本年度も推進した。
山田はニュートリノによるブラックホール形成の観測とそれを用いた高密度原子核物質の性質の探索可能性を議論し、ブラックホール形成までの時間が原子核物質の状態方程式に非常に敏感に依存するため、ニュートリノを観測することで原子核物質の性質を明らかにできる可能性があることを世界で初めて明らかにした。
田崎は、C*代数理論に基づき非平衡定常状態を構成する新しい条件を提案・証明し、クーロン相互作用を無視した量子複合系の非平衡定常状態の構成法を証明した。更に、非平衡定常状態からの線形応答を論じた。この研究によって非平衡定常状態の力学的構成法が包括され、その厳密な数学的証明が与えられた。
以前より推進している量子開放系の物理(中里、田崎ら)を引き続き推進し、量子絡み合い状態を抽出する新たな方法を提案し、共著論文を発表した。また中里は、量子散逸系を記述する方程式としてよく知られ広く用いられているLindblad型マスター方程式を、演算子の形のままで取り扱う方法を見出した。解は一般論で期待されていたように自然にKraus表示の形となるが、その各項は物理過程と明確に対応しているだけでなく、実用的にも使い易い形となっている。
大場らは、有限領域に閉じ込められたBose-Einstein凝縮において、凝縮体のまわりのゆらぎを記述する方程式に複素固有値が現れる場合に関して、場の正準交換関係を保つ理論的枠組みを構築した。複素固有モードの状態空間についても議論し、実験と比較すべき物理量として線形密度応答の表式を与えた。この枠組みによって、期待値の計算法が明らかとなり、温度効果を評価できる点で意義深い。
相澤らは、国内の生物物理研究者を招聘したワークショップ「生物理論進歩」を主催し、生命をどのように捉えるべきか、理論の階層、生物理論における自己組織化とは何か、について深く追究した。
創造グループ
寺崎は日米のグループと共同で、高温超伝導体のキャリア濃度を制御した高品質単結晶の作製に成功し、それを用いた高分解能光電子分光を行った結果、従来信じられていたエネルギーギャップ以外にもう一つ別のエネルギースケールのギャップがあることを発見した。これは高温超伝導の発現機構に重要な手がかりを与えるものと期待できる。この成果は学術雑誌Scienceに掲載された。また寺アは極低温物理特性システムを利用して、コバルト層状酸化物の熱起電力とその結晶のミスフィット(不整合)比に強い相関があることを新たに発見した。これは廃熱を利用した効率のよい熱電効果材料を創る上で極めて重要な発見である。
上江洲らは画期的なSHG(secondary harmonic
generation)トモグライーによる材料診断システムを構築した。SHG干渉顕微鏡を利用して強誘電体疑似位相整合素子の周期性反転分域構造の3次元観察に世界で初めて成功した。更にこの新顕微システムを用いて、上述したように、石渡らと共同で筋肉繊維が原理的に天然のフォトン増幅機の機能を持つことを見いだした。
勝藤はスピネル型MnV2O4の単結晶X線回折測定を行うことにより、各V原子でd電子がyz軌道とzx軌道を交互に占める反強軌道秩序を起こしていることを見出した。これは立方晶の結晶構造を持つ酸化物で見出された初めての軌道秩序である。また、その軌道秩序が磁場で制御できることも明らかにした。
(1)
若手の活躍
上江州の指導学生の研究はIOPのSelected paper (IOP
Select)に選ばれ、また田崎の指導学生の研究がIOP(Journal of Physics A:
Mathematical and
Theoretical)のインタビューに取り上げられた。鵜飼の指導学生は、サンフランシスコで行われた国際会議(Society
for Information
Display)において学生賞を受賞した。これらは本拠点が推進しているホリスティック教育・研究システムの産物であり、4年間事業費の多くを学生と若手研究者の育成に費やした成果といえる。また専攻全体の大学院生のレベルアップに配慮するため、本プログラムに参加していない研究室にも一定の資金を引き続き供給した。なお、PD佐藤の学内プロジェクトとの共同研究の成果がつい最近PRLに受理された。
(2)
競争的資金による研究・教育環境の整備
本拠点のCOE事業推進を強化し、かつ事業終了後にもこれまで培った研究・教育システムを継続・発展させるため(学内ホリスティック研究所を中心に進める予定)、積極的に競争的資金の獲得を奨励した。推進者の18年度科研費採択数は継続も含めて昨年度と同様23件である。当然本年度の21世紀COEプログラム追加助成申請にも応募し創造グループ管理の設備の充足を図った。多辺は科学研究費特定領域研究(H18-22年度)に、大島はJST先端計測分析技術・機器開発事業(H18-20年度)に新たに採択され、計測実験装置の充実を図った。森島は新たに科学技術振興調整費・重要課題解決型研究(H18-20年度)の代表者となり、CREST代表も継続兼任し活発に活動している。石渡と木下はそれぞれ独立に科研費特別推進研究を、大島は科学研究費基盤Sを、竹内らは私立大学学術研究高度化推進事業学術フロンティア研究を継続している。この他振興調整費、CREST、種々の受託研究、国際グラント、学内競争的資金の研究費も獲得しており、昨年同様個々の研究テーマは主に外部資金によってまかない、COE資金は学生への助成、PDの雇用、国際交流等の経費に充てる振り分けを鮮明にした。 |