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セミナー・シンポジウム

第1回COE(自己組織系物理)セミナー (通算7回)

“液晶物性と液晶Display”
講 師 樽見和明氏(メルクKGaA社、2003年ドイツ未来賞受賞)
日 時 2004年5月25日(火) 16:20-17:50
場 所 早稲田大学理工学部62号館W棟大会議室
概要 液晶はその漢字が示す通り液体と結晶の両方の物性を兼ね備える奇妙な相です。それが最初に発見されたのは100年以上前に遡ります。講演の前半ではこの液晶材料の奇妙な相の物理物性を説明します。後半はその液晶がどのようにしてDisplayに応用されることになったのかを見ていきます。また一口に液晶Displayと言っても、今や液晶Displayの応用は、携帯からNotePC Monitor、さらにはTelevisionに至るまで多岐に渡っています。どのように液晶材料の化学物理特性がDisplay特性に反映され、その関係はどのようになっているのかを明らかにしたいと思います。


[早稲田応用物理会早稲田物理会会報第15号(2004年3月)「受賞されて」より]

ドイツ大統領未来賞と運鈍根  応物24回生 樽見和明


 早稲田を卒業してから既に25年が経過しようとしております。私は、そのうちのほとんどを、ドイツの大学の研究組織、ドイツの企業の研究所で過ごしました。2003年に思いもかけず、上記の「ドイツ大統領未来賞」という、ドイツのノーベル賞ともいわれる最高の栄誉ある賞をいただきました。聞いたことも無い方がほとんどでしょうから、少し説明させていただきます。

 ドイツ大統領未来賞は、毎年一回、ドイツで活躍する研究者に贈られる賞で、次の三つの条件を満たすことが必要とされています:
 1.革新的な研究成果、
 2.その研究成果が具体的な形として応用されていること、
 3.未来を拓くものであること。

 学術的な研究が対象になるノーベル賞と異なるのは、2と3でしょう。さらに異なるのは、物理学、数学、生物学、工学、医学などの区別なく、すべての分野を通して唯一つのグループ(一つのグループは三人までという制限があります)に大統領が直接賞を手渡すというというところです。厳正な選考が一年にわたって行われ、2003年も約200を越す応募があったと聞いております。

 我々(私がグループの責任者で、外に二名のドイツ人)は、最近世の中に急激なスピードで受け入れられつつある液晶テレビの液晶材料の開発が認められました。我田引水になりますが、我々の新規液晶材料の開発が、初めて液晶テレビへの道を可能にしました。紙面の関係もありますので、今回その内容についてはこれ以上触れません。

 題目にもありますが、その賞と運鈍根の関係について触れたいと思います。ドイツ大統領未来賞の受賞者としては、私が始めてのドイツ人以外の外国人だそうで、そのせいもあり、受賞以来ドイツのメディアに頻繁に取り上げられました。よくある質問の一つは「研究者としてのモットーはなんですか」です。モットーなどという大それたものはありませんが、好きな言葉として「運鈍根」と答えました。日本人が漢字の言葉を答えたこととその内容の珍しさから、かなりの反響がありました。なにもメディア受けしようとして答えたつもりは全く無く、聞かれたときに正直な気持ちでとっさに浮かんだものでした。

 日本の方なら説明は要りませんが、ドイツのメディアには説明しなくてはなりません。私のつたない説明でも運と根はそうかなと思うかもしれませんが、鈍というのも大切なのです。直訳で愚鈍と言っても分かってもらえませんので、英語のsmartでないという意味です、と答えました。勿論、表面的にsmartで、いわゆる頭の良いcleverであるということは必ずしも研究者にとって必要なことではなく、自分が選んだ研究テーマを愚鈍、愚直なまでに信じ、研究を継続することが大切なのです、と説明を加えました。これがメディアの方にとってはまさしく意外だったようです。 いわゆるドイツ人一般の研究者に対する印象、さらに日本人に対する印象は、smartな、cleverな人が研究を進め、成果に至るというもののようです。日本の教育はドイツでは模範と見られている面も多々あり、過酷なまでの競争の中で有能な者を選りすぐるという印象があるようです。そういう背景の中で一日本人の研究者から鈍が大切と言われた訳ですから、メディアの反応もうなずけます。ここでもし私が日本の有能な研究者のイメージを損なうことがあったとしたら、お詫びしなくてはなりません。しかし、研究に携わったことのある方には共感をいただけるのではないかと思います。

 ここで話が少し題目からそれますが、次のことを書かない訳にはいかないのでご容赦ください。最近ドイツでは、若者の自然科学離れが大問題になっています(最近の日本もメディアを見る限り、日本も例外ではなさそうです)。勉強するのに時間がかかり、卒業するのも大変な自然科学を専攻するよりも(ちなみにドイツの物理を専攻した学生の卒業率は、約3分の1です)、MBAなどを勉強してCash Flowやらのビジネス用語を操り、それこそsmartな姿勢を身に付けた方がはるかにキャリアを積めるという風潮があります。勿論、そのような観点は企業の戦略的な決断を下すときの一つの大切な要素ですが、 innovation(革新)、さらにそのinnovationを物作りに繋げて、innovativeな新規技術があってこそ、企業戦略の議論が意味をなします。あまり良い例ではありませんが、いくらプレゼンテーションのテクニックを身に付けても、プレゼンテーションする内容が無ければ何にもなりません。

 大統領に未来賞授与式で直接言われたのですが、資源が無いドイツや日本のように、物作りにこそ活きる道を見つけなければならない国での若者たちの自然科学離れには危機を感じる。ドイツ大統領未来賞受賞者としてこれからも真摯に研究を続けるのは当然のこととして、これからの国を担う若者たちに私が危惧していることを伝えて欲しいと。今でもそれを言われたときの大統領の声が耳から離れません。

 私は一介の研究者に過ぎませんから、大統領が言われたような大それた貢献はできそうにありません。しかし、この拙文を読まれる方には、これから社会に出られる方、さらには社会で影響力のあるポジションに着かれておられる方々が多くいらっしゃると思います。時々で結構ですから、一愚鈍な研究者の書いたこの拙文を思い出していただければ幸いです。






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